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引きこもりの小学生(小4編)

ドラクエ以外で言うと、相変わらずでした。ディスコミュニケーションだし

 両親不在の時に誰か訪ねてこようもんなら

 心が叫びたがるか

志乃ちゃんは自分の名前が言えない
 

 こんなです(´・ω・`)

両親や祖父母、あとカウンセリングの先生とは話を出来ましたが、訪ねてくる担任の先生やお役所の人には挨拶するのが精一杯という感じでした。

火を使わせてもらえるようになったので、料理のバリエーションは増えました、というよりチキンライスばっかり食べてたような気がします。

あと、進研ゼミを始めました。毎月届くっていうのはわりと強制力があるものです。そして読書はすごくするようになりました。とは言ってもハリー・ポッターですけど。ハリー・ポッターは映画がそもそも好きでしたが、お母さんが「原作も読んでみたら?」というので読み始めたらはまりました。あとはアニメの原作から米澤穂信さんを読み始めて、「本なら密林でいくらでも買って良い」というのでやたらポストの前で待機してた気がします。

 ↓このシリーズが好きです。こっから表紙を描いている片山若子さんも大好きになりました。

春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)

春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)

 

 こないだ

 これを読んでいたのですが、ふうこちゃん(後述)が、「え?片山若子好きやけど、川原由美子じゃなくなったんや(´・ω・`)」って言ってました。

ちなみにふうこちゃんは片山さんの画集を持ってます。ちょうだい!

片山若子画集 渋皮栗

片山若子画集 渋皮栗

 

 

 

引きこもりの小学生(ドラクエ導入編)

ここで私というか、我が家に劇的な変化が訪れます。小4の夏、Wiiがやって来たのです。世間では「今さらWii?もうWii U出るのに?」という時期です。「あんなのはゲーム機じゃない」みたいに斜に構えたようなお父さんが持って帰って来たのです、ドラゴンクエストモデルをそれも2台。お父さんとお母さんそれぞれ用。

 ↓これこれ

ドラゴンクエストX Wii本体パック (RVL-S-KABR)

ドラゴンクエストX Wii本体パック (RVL-S-KABR)

 

そう、うちの両親はドラクエが大好きなのです。私もその頃にはスーファミ版の1~3、5、6、7は石板集めがめんどくさくて途中で放り出しましたが、プレステIIの8、DSの9まではクリアしてました。

ただ両親はお母さんの産休中に始めたFF11だったかを「このままでは廃人になってしまう、子育てが出来ない」と諦めてしまっていた過去があります。でもドラクエだから、やらないといけないということで我が家はドラクエを中心に周り始めました。

当初、私は二人が遊んでいるのを後ろから眺めているだけでした。すごく広大な世界が美しくて、メインのストーリーをこなしているのを観ているだけで感動していました。たぶんチャットの対応なんかも出来ないし(まあブラインドタッチは出来ましたが、疲れちゃうので)それで満足していました。

ところがです、冬のある日お父さんが部屋のリフォームというか、隣の部屋をつなげてリビングを拡張し、テレビが4台並びました(藁

まるでRMT業者です。

「夕維、手伝ってくれへんかなあ?俺らが仕事行っとる間、キラキラ拾いとか、クエストとか……」

ドレスアップとかちょっと楽しそうだったので、私にもキャラを一人作ってもらうことを条件に快諾しました。表示オフラインにしとけば問題ないかと思ってたし。

引きこもりの小学生(低学年編)

引きこもりの生活はあんまり苦ではありませんでした、というより楽しかったんだと思います。お父さんは建築業という職業柄?なめられないよう体を鍛えたり茶髪にしたりしていますが、根っからのオタクですので、家には大量のマンガ、アニメのLDやDVDがありましたし、ゲーム機もたくさんあってパソコンも数台あり、四六時中アニマックスが流れているような感じでした。お母さんも絵本だとか小説だとかを集めるような人だったので、とにかく読むもの観るものに不自由はしませんでした。

ただ、たぶん多くの引きこもりがそうであるように、曜日の感覚は無かったです。家の前が公園なのですが、午前中に子供の声が聞こえると「ああ、今日は休みなんだな」とか、プリキュアやってたら「今日は日曜かあ」という感じです。

両親共働きですが休日の出勤も多いし、お父さんは雨の日が休みだったりという次第で、お父さんすら朝に「今日って何曜やっけ?」って聞いてくるくらい。

そんなで小学校の低学年の時の記憶はリアルタイム?のもので「ワンピース」「ハンターハンタープリキュア、あとお父さんが観せてくれたマクロスガンダムドラゴンボールなどなど。それとお母さんが好きだったという「おジャ魔女どれみ」といったところでしょうか。マンガ雑誌はお父さんが月曜日にジャンプを買ってくるので、それを読んでました。友達に「ちゃおいつまで読んでた?」と聞かれることがあるのですが、最近まで読んだことありませんでした(´・ω・`)

あとはニコニコです。両親ともにネットに抵抗はありませんでしたので、簡単なレクチャーのあと自由に使わせてくれました。(もちろんこの記事にもブラフ入ってますよ?)お定まりの東方とかニコマスとか。まあ「小3」とかマジレスしても、平日午前中とかだと誰も信じてくれませんでした(。・_・。)

ただ、いろんなコンテンツでも学校が出てきたら「ふつうの人たちはちゃんと学校行って友達出来て、恋とかしちゃったりとかするんだろうなあ」と思うようなこともあって地味につらかったです。

低学年の時にはガスコンロ(なぜ今どきガスコンロなのかというと、お父さんが「炎の主人になり切っていないんだ!」って美味しんぼごっこをするためです)を使わせてもらえず、もっぱら炊飯器料理を動画観ながら作ってみたりしてました。だから今でも炊飯器は好きです。こないだもふうこちゃん(後述)にハンバーグ作って持って行きました。

 ↓何巻か調べてしもたよw

美味しんぼ (4) (ビッグコミックス)

美味しんぼ (4) (ビッグコミックス)

 

そもそも外出しないので、もっぱらユニクロのスウェット上下でしたし、お母さんももっと女子らしい格好をさせようとかそういうのはなくて「外に出られるようになったら良いもの買うために、貯金しとこ」という感じでおよそ可愛らしいものとは無縁でした。プリキュアの光るパジャマとかは持ってた気がしますが……そして「学校指定のジャージ」なんかは憧れでした。ほら、キメキメのギャルとかOLが、家では中学の時のジャージとか着てるという!

そんなで私の小学校低学年は、カウンセリングとか夜にお父さんにローソン連れて行ってもらう以外はずっと家の中でした。

 

入学式の日

なんか「立ったら書く」みたいなタイトルになってしまいましたが、もしかしたら役立ててくださる方がいらっしゃるかもしれないのでネットの片隅に残しておくことにしました。

まず自己紹介をします。名前は「夕維」としておきます。どっちにしても本名も似たようなものです。お父さんが大好きだったアニメのキャラからとった名前で、ちなみに乗っている車もそのキャラの痛車ですので、ピンとくる方もいらっしゃるかもしれません。(お父さんくらいの年代であれば)

今は中学2年生です。中高一貫の女子中に通っています。

私は小学校は入学式にしか行ったことがありません。その日、私はお母さんに伴われて歩いて近くの小学校へ向かいました。体育館というところに集まって、いろんな人の良くわからない話を聴いて、それで女の先生に連れて行ってもらい、自分の教室というところに集まって、自分の席というところに座りました。そこで何か教科書だとか、そういうものを配るということになって、それを受け取るはずだったのですが……

その最中、私の椅子の下には大きな水たまりが出来ていました。そう、お漏らしをしてしまったのです。周りから波が引くようにクラスメイトが離れていったことと、先生に保健室(たぶん)に連れて行かれたこと、だけ覚えています。「人生が終わった」というふうに感じたこととともに。

それから数週間の記憶はほとんどないのですが、お父さんとお母さんが言うには「学校へ行く」となると暴れて手がつけられなかった、ということです。両親ともに仕事をしているので、鹿児島のおばあちゃんが来て私についててくれました。なんか一生懸命なだめようとしてくれてたんだとは思いますが、私は友達になるはずだったかもしれない生徒たちの引きつった顔が忘れられなくて、ただただ恐怖でした。担任の先生が来たり、お医者さんに連れて行かれたりしましたが、いっこうに学校へ向かう気にはなれませんでした。それどころか家から出るのさえ怖くなりました。

そうこうしてるうちにお父さんが「別に学校行かなくてもええんちゃう?」と言い出しました。お父さんは中学高校とゲーセンやカラオケ屋に入り浸って学校をさぼりまくって、それでも大工さんになって今わりと良い暮らしが出来ているので(今住んでいる家もお父さんが建てました)あんまり学校というものを信用してなかったらしいのです。「ただ、ツレは必要だよなあ」というようなことは時々言ってました。

お母さんはごねてましたが、お医者さんや先生、おじいちゃんおばあちゃんたちとの話し合いを重ねるうちに「しばらく学校のことは忘れよ」ということにある日なりました。それで、お母さんはそこそこ良い大学を出て、名前を聞いたら誰でもわかるような会社(最近ではブラックと呼ばれているみたいですが^^;)で働いているので、帰宅してから私に勉強を教える、ということになりました。

そういうことで私は「朝は6時に起きる」「お母さんが出した宿題はやっておく」「お掃除と洗濯ものをやる、お昼ごはんは自分で作る」くらいの条件で引きこもりを始めたのです。